
会議中にぼんやりしている社員、午後になると判断が鈍くなる管理職、テレワーク導入後に「なんとなく全体の動きが重い」と感じているチーム——。こうした状況の原因を探るとき、まず「スキルや姿勢の問題ではないか」と疑うのは、マネジメントとして自然な視点です。
ただ、その手前に見落とされやすい要因があります。それが「生体リズムの乱れ」です。人間の身体には約24時間周期で眠りと覚醒を繰り返す精緻なメカニズムが備わっており、このリズムが正しく機能していれば日中の集中力や判断力は維持されます。しかし、現代のワークスタイルにはこのリズムを静かに崩す要素が組み込まれており、本人も上司も「体調の問題だとは気づかない」まま対処を誤るケースが生じやすくなっています。
この記事では、「恒常性」と「サーカディアンリズム」という2つの生体メカニズムをもとに、従業員の体内時計がどのように乱れるかを整理します。そして、生体リズムの環境要因を取り除くことが、なぜ組織の正確なパフォーマンス評価にも直結するのかをお伝えします。
目次
1.なぜ「睡眠不足の社員」は努力しても回復できないのか
2.生体リズムを乱す「現代のワークスタイル」という環境要因
3.生体リズムの乱れが「評価を狂わせる」理由
4.組織として生体リズムを整えるという視点
1. なぜ「睡眠不足の社員」は努力しても回復できないのか
「もっと早く寝ればいい」——睡眠不足の社員に対して、多くの職場ではそう考えがちです。もちろん個人の生活習慣が基本であることは変わりません。ただ、生体リズムの仕組みを知ると、「意志だけでは解決しにくいケースがある」こともまた見えてきます。
人が眠くなり、眠りにつく仕組みは大きく2つの生体メカニズムによって成り立っています。
ひとつは恒常性と呼ばれる機能です。これは「身体を一定の状態に保とうとする働き」で、人は約14〜16時間起き続けると疲労物質(睡眠物質)が蓄積され、「睡眠圧(眠りたい力)」が高まります。この睡眠圧が解放されることで初めて、身体は疲労から回復します。言い換えれば、「休んだつもり」でも睡眠圧が十分に解放されなければ、翌日の脳は前日の疲れを引きずったまま動き続けることになります。
もうひとつはサーカディアンリズムです。これは体内時計によってつくられる「昼に起きて、夜に眠る」という約24時間周期のリズムで、生まれつき体の中に組み込まれています。このリズムは睡眠や覚醒だけでなく、血圧・体温・ホルモン分泌量の変化にも密接に関わっており、日中の判断力や集中力の土台をつくっています。
ここで重要なのは、人の平均的なサーカディアンリズムは24.0時間ではなく24.2時間という点です。1日・24時間よりも約12分長い。つまり、何も手当てをしないと、体内時計は毎日12分ずつ後ろにずれていく性質を持っています。
このズレをリセットするのが、朝の光です。朝に太陽光を浴びると、脳の視床下部にある司令塔「視交叉上核(しこうさじょうかく)」が光の情報を受け取り、全身の時計遺伝子に「今が朝だ」という合図を送ります。さらに、光を浴びてから13〜15時間後に「メラトニン(睡眠ホルモン)」が分泌されることで、自然な眠気と深い睡眠が訪れます。つまり、夜の良い睡眠は、朝の光の浴び方によって決まるのです。
2. 生体リズムを乱す「現代のワークスタイル」という環境要因
前節で見た仕組みからすれば、生体リズムを整えるために必要なのは「毎朝、光を浴びること」という、シンプルな行動です。しかし、現代の働き方はこの自然な仕組みを邪魔する要素で満ちています。
働き方の多様化が進む中で、朝の光を意識的に浴びる機会が設計されていない働き方をしている従業員が増えています。日光の届きにくい室内環境で長時間過ごしたり、夜間もスマートフォンやPCのブルーライトを浴び続けたりすることで、メラトニンの分泌が抑制され、体内時計のリセットが毎日不完全なまま翌日を迎えるサイクルが続きます。
さらに問題を複雑にするのは、全身に存在する「時計遺伝子」がバラバラに動き出すという現象です。体内時計は脳の視交叉上核が司令塔となり、全身の時計遺伝子が連携してチームのようにON/OFFを繰り返すことで、24時間のリズムを自動的につくり出しています。しかし不規則な光環境・食事時間・就寝時間が続くと、このチームワークが崩れ、臓器や細胞ごとにバラバラのリズムで動くようになります。
3. 生体リズムの乱れが「評価を狂わせる」理由
生体リズムの乱れは、「疲れが取れない」という個人の不快感にとどまらず、組織の意思決定にも影響を及ぼします。
まず、パフォーマンスへの影響は数字として明らかになっています。厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」によれば、起床後15時間以上の覚醒状態は、酒気帯び運転と同程度にまで作業能率が低下するとされています。前節で見たように、体内時計がリセットされずに毎日12分ずつ後ろへずれていくと、蓄積疲労はじわじわと積み上がり、本人が「普通に働いている」と感じていても、実際のパフォーマンスは静かに落ちていきます。
この状態は「プレゼンティズム」として組織に損失をもたらします。日本では全国27,507人を対象にした調査で、心身の不調を抱えながら働き続けることによる経済損失は年間約7.6兆円にのぼると試算されており、これは精神疾患の医療費の約7倍に相当します(一般社団法人 日本肥満症予防協会 2025年)。また、RAND研究所の推計では日本の睡眠不足による経済損失は最大年間約1,380億ドル(GDP比2.92%)とされており、これは調査対象5カ国中で最も高い比率です。さらに、近年の研究では「職域の業績への影響はアブセンティズム(欠勤)よりもプレゼンティズムの方が大きい」ことが明らかになっており、「出社しているから問題ない」という認識は見直しが必要です。
ここで、マネジメントの観点から特に注意したいことがあります。生体リズムの乱れによるパフォーマンス低下は、本人にも上司にも「やる気」や「能力」の問題として見えやすいという点です。サーカディアンリズムが乱れた従業員は、集中力が続かず、ミスが増え、コミュニケーションも滑らかでなくなります。これを「姿勢の問題」と判断して個人への指導で対処しても、環境要因が残る限り改善は見込みにくい。一方で、環境的な要因を特定して取り除くことで、「本当にスキルや姿勢に課題がある人」と「環境によってパフォーマンスを抑制されていた人」を正確に分けることができるようになります。つまり、生体リズムの環境を整えることは、マネジメントの評価精度を高めるための前提条件づくりでもあるのです。
4. 組織として生体リズムを整えるという視点
「体調管理は自己責任」——この考え方は間違いではありません。個人の生活習慣が基本であることは、これからも変わりません。ただし、その生活習慣を整えることを難しくしている環境的な条件を、組織が意図せずして作り出してしまっているとしたら、どうでしょうか。
前節で見たように、生体リズムのリセットには「朝の光」が不可欠です。ところが、働き方のスタイルに関わらず、夜間会議の設定や深夜のメール対応が日常化していると、組織が意図せず「朝にリズムを整える余裕のない条件」をつくり出してしまっています。夜間の強い光や画面刺激はメラトニンの分泌を遅らせ、翌朝の体内時計リセットの妨げになります。こうした業務上の時間的・行動的な条件は、社員個人の努力では変えにくい部分です。
また、体内時計には個人差があります。朝型・夜型といったクロノタイプの違いがあるため、「全員に一律の早起きを推奨する」という画一的なアプローチは、組織全体の改善にはつながりにくい面があります。それよりも、リズムを乱す要因を組織として減らすという環境整備の視点が、より現実的で効果的です。夜間の連絡慣行の見直しや、朝の時間帯の使い方に関する啓発など、就業スタイルを変えずにできることから始められます。
そうした取り組みを積み重ねることが、従業員が本来のパフォーマンスを発揮できる環境をつくることにつながります。それが、個人任せにせず組織として関わる意義です。
まとめ
パフォーマンスが上がらない社員に、スキルや姿勢の問題を疑う前に、一度立ち止まって考えてみてください。その前提として「生体リズムの環境が整っているか」を確認できているでしょうか。
恒常性とサーカディアンリズムという2つのメカニズムは、正しく機能して初めて日中のパフォーマンスの土台になります。そしてこのリズムは、現代の働き方の中で組織が意図せず乱している可能性があります。環境要因を取り除いた後に見える景色が、真のマネジメント課題です。
生体リズムを「組織で整える」という視点を、ぜひ健康経営の次の一手として検討してみてください。
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